究極の五目ずし
その五目ずしを見た瞬間、葉、まん太、阿弥陀丸の3人は固まった。
なにしろ、巨大なマグロの目玉が5つも大胆に盛られた寿司桶など、
これまで見たことなどなかったのだから。
「これがホントの『五目』ずしってか!」
と、つっこみたいのを必死に我慢する親友まん太。
その隣りでこの元民宿の主人・麻倉葉もまた、
その驚きとこれからこれを食べなければならない不安が顔にでないように必死であった。
一方で持霊の阿弥陀丸などは、自分が食べるわけでもないのに、遠慮もなく青ざめていたのだが。
「いいから。さっさと食べなさい」
箸を持ったまま動かない男2人に対し、
痺れを切らしたアンナが怒気を込めて静かに言い放つ。
痙攣するほど身を震わせて葉とまん太は急いで茶碗にすし飯をよそう。
一人一つ、ノルマを課されたわけでもないが、
大きな魚類の目もごはんの上にのせておいた。
ギョロリと剥かれた目が「早く食え」と、これまたプレッシャーをかけてくる。
あらゆる方向からの圧力に耐えかねて、少年達は一斉にかきこんだ。
一口目を数回噛んだところで、2人の動きが止まった。
その後、ゆっくりと味わうように飲み下して、暫く部屋中に沈黙が下りた。
ややあって、葉とまん太が目を見合わせた瞬間、
一気に驚愕と賞賛の言葉が溢れ出てきた。
「うめえ!
なんだこの飯!?
なんでこんなふわふわしてんだよ、すし飯なのに!!」
「美味しい!
美味しいよアンナさん!」
洪水のような礼賛にも、アンナは眉一つ動かさず、自身もごはんをよそって食事を始めた。
葉は一旦箸をとめ、アンナの作ったすし飯を目を凝らして見た。
すぐ背後から阿弥陀丸も小さなごはん茶碗を覗き込んでいた。
すし飯のひと粒ひと粒が、艶よくふっくらと仕上がっている。
箸ですくったときは、ひとまとまりになっているのに、
口に入れた瞬間、甘みを発散しながらバラバラにほどけていく感触がすごい。
さらにふわりと溶けた米粒が、ネタの全てと完全に調和し、一つとして反発するものがない。
なぜ酢という水気を加えながら、こんなにもふんわりと柔らかく仕上げることが出来たのか、
その秘密を葉は必死に探っていた。
はっと、葉はちらりと見たアンナの行動を思い出した。
「そうか!
ご飯が熱いうちにすし酢をかけ、蒸気を手早く飛ばすことでご飯がべたつかず、
ひと粒ひと粒が艶よくふっくらと仕上がるんか!」
「それだけではござらんぞ、葉殿」
アンナが台所に立つところを主と共に見た阿弥陀丸も、
酢飯の美味しさの秘密に気が付いたようだった。
「アンナ殿は、酢飯を底の方から空気を入れるように大きくほぐしてござった。
さらに切るようにまぜることで、粘り気が出ず、
このようにご飯の粒一つ一つが立っていられるのでござる」
白ごはん好きを自認する阿弥陀丸は、
ごはん全般の批評についても一家言を持っているようで、
しきりとアンナのすし飯の出来栄えを褒めちぎった。
いよいよ次はマグロの目玉、と葉とまん太は箸を伸ばす。
気のせいだろうか。
さっきよりはマグロの目が恐ろしく見えなくなっている。
いやむしろ、よく見りゃかわいいとさえ思えてきた。
それほどまでに美味なるすし飯の効果は絶大であった。
ごくっと、生唾を飲み込みこむ。
葉とまん太はまず、箸の先でとろみのある眼球付近の白い部分をすくい、
口に運んだ。
と、同時に、鼻腔の奥を突き抜けるように広がるコクのある香り。
脳髄を走る衝撃に、葉もまん太も再び声が出なくなった。
これが本当に魚なのか?
そう疑いたくなるほど、魚身が舌の上で濃厚なクリームのようにとろけるのだ。
甘辛く煮付けられていて、このマグロの旨味がしみ出た少し濃い目の煮汁がまた、ごはんによく合う。
食欲がかき立てられた。
マグロの臭みなど微塵も感じられない。
葉もまん太も賞賛の言葉が出尽くしたといった風に、
ただ一心不乱に一杯目の五目ずしをたいらげた。
葉は感嘆のため息と共にゆっくりと箸を置いた。
「でもよ、どうやったらマグロの生臭さがこうも綺麗に消えるんだ?
オイラ、いっつも煮魚には生姜をいれっけど、なかなか生臭さって取れないんよ?」
「下処理が甘いのよ、あんた」
これまで2人の食事を静観してきたアンナが口を開いた。
3人の視線が一気に集中したことなど少しも気にする様子はなく、アンナは淡々と続けた。
「まず沸騰したお湯で湯通しをしないとダメね。
これは目玉の回りの余分な脂を抜くためと、煮た時に味がしみ込むためなんだけど、
最低3回は必要よ。
煮る時も新しい鍋に移し変えた方がいいわ。
あんまり生臭さを感じるようなら、タレに漬けて網焼きにするのも手ね」
「完璧だ…完璧な調理法だ」
しかし、なぜアンナはマグロの目の調理法などという、
一般の女子中学生が知り得ないような知識を持ち合わせているのか、
まん太には不思議だった。
が、その答えをまん太はすぐに思い出した。
「あ!アンナさんって青森の、しかも下北の出身だったよね?」
「それがどうかしたんか、まん太?」
質問の意図が理解できない葉は不思議そうに親友の顔を見た。
「青森県下北半島の北の端、大間といえば、日本を代表するマグロの水揚げ港だよ。
大間本マグロは、マグロの最高峰と呼ばれるほどの質を誇っていて、
美食家にはたまらない一品と絶賛されているんだ。」
「へぇ〜、アンナおまえ、いっつもそんないいもん食ってたんかぁ」
「いつもってわけじゃないけど、そうね。
木乃は魚介類が好きだったからいろいろ教えてもらったわ」
「なるほどなぁ。まさにばあちゃんの知恵袋だな。
にしても、ほんとにアンナはいろんなこと知ってんだな。
すげえよ、おまえ」
「それだけではないと思うでござるよ、葉殿」
相変わらずなんの表情も見せず、黙々と箸を動かすアンナをちらりと見やって、
阿弥陀丸は2人の少年に向かって言った。
「いつも頑張っている葉殿をいたわりたいという気持ち、
美味しいものを食べて元気になって欲しいというアンナ殿の優しい気持ちが、
この五目ずしには込められているのでござる。
作り手の深い愛情がこもっているからこそ、
この五目ずしはお二人を感動させられるほど美味いのでござろう」
阿弥陀丸のいささかクサい言葉に、機嫌の悪そうな顔を見せているアンナだが、
それが照れ隠しだということは、残念ながらここにいる全員に分かってしまっていた。
葉は葉で、デェッヘッヘッと締まりも無く顔をゆるませて照れている。
「うわ〜、どうもご馳走様」
そんな2人を見ていたら、まん太もつられて赤くなってしまっていた。
【アトガキ】
誰もが気になっていたと思う、アノ『今夜は五目ずし』の続きを妄想。
したら、なぜが「美味しんぼ」になってしまた…
なにげに阿弥陀丸、まん太は当HP初出演。
でも主役は五目ずし。
大間のマグロが食べたい。